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2014年4月28日 (月)

中山道№20

明日よりGW料金となる前日の4月25日(金)中山道最後の旅に出発。
4月のダイヤ改正で快速の乗り継ぎが悪いため、仕方なく新幹線を利用して米原へ。
そしてワンマンの近江鉄道に乗り換え。
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10:08鳥居本駅に到着。昨年11月23日以来5か月ぶり。
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街道に戻り脇本陣跡


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合羽所「松屋」 屋根には当時の看板が残る

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珍しい桧皮吹きの灯篭
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專宗寺
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立派な町家
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彦根道との分岐点
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小野こまち会館
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八幡神社 新幹線の奥には1837年の社殿があるそうです
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今回は新幹線沿いの旅、最も景観のよさそうな場所でしばし待ち撮影
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小野小町塚 中には小町地蔵
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松尾芭蕉の昼寝塚 祇川の白髪塚
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五百羅漢
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11:10春日神社にて1回目の休憩
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道沿いの畑に菜の花がいっぱい
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芹川にもいっぱい!
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橋を渡り切ると石清水神社
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旧家
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良い感じ
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高宮宿東口常夜灯
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近江鉄道高宮駅北側踏切
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高宮の町並み
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座・楽庵
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多賀大社常夜灯
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犬上川より引き込まれたお堀 蛍も鑑賞できる
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立派な家
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高宮橋東にある無賃橋地蔵尊 
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水のない犬上川に架かる高宮橋は珍しく渡り賃を取らなかったそうです
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こども松並木?
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12:20鹿嶋神社にて昼食休憩
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少ない田んぼの中の再び松並木
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摺針峠から降り彦根に入る東口で見たものと同様なモニュメント、西口?
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やりこの郷:昔の地名矢り木(やりこ)が由来
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高宮と愛知川中間にある一里塚の里:間の宿石畑 この先くれない公園で3回目の休憩13:30
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一里塚址 バックは豊会館(又十屋敷)
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江州音頭発祥の地
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宇曽川(運槽川)と歌詰橋 藤原秀郷が都に運搬中平将門の首が襲ってきたので歌を詠んで欲しいと頼むと首は詰まり地に落ちたとの伝え。
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愛知川宿東口
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良い雰囲気
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昔は恵智川だった
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本陣跡看板と町並み
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高札場跡と常夜灯
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再び恵智川むちんばし
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常夜灯
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立派な酒屋
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酒屋北側の小幡神社にて4回目の休憩15:10
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太神宮常夜灯
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五個荘
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常夜灯
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京町家風商家の保存
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茅葺の家
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再び
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てんびんの里
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国道8号の脇道にある清水鼻の名水
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おもしろい下水蓋
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新幹線を潜りながら国8を少し歩き、信号も横断歩道もない所を横断し、東老蘇へ
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奥石神社
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とどろき川と轟地蔵跡
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16:25鎌若神社にて最後5回目の休憩
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神社内の桜?
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武佐宿脇本陣跡
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旧八幡警察署
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17:10武佐宿中央当たりにてこれまでとし、ホテルに向かう。
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1㌔程離れたセブンイレブンでビールとつまみをゲットし、17:45ビジネスホテル シェル 到着。
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5か月ぶりのウォーキングたいへん疲れました。両小指にもまめ、近くのセルフ食堂にて食事を済ませ早々に眠りに。約25㌔、35000歩。

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